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一里塚<近世に道路遺産>

江戸時代初期に五街道(東海道・中山道・甲州道中・奥州道中・日光道中)および他の主要な街道に建設された。道の両側に一対を建設し、頂部に松等の木を植えた。建設目的は政権の権力がその地域に及んだことを示す示威行為と考えられる。五街道の残存率は24%(84/354)、長野県内の残存率は30%(30/100)である。

<一里塚(現存)>

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