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研究者ピックアップ

第12回

異なる視点から世界を眺める

一般科(倫理)准教授 鬼頭葉子

これまでの私の研究について

 私は、キリスト教神学者パウル・ティリッヒ(1886-1965年)の思想を中心に、哲学や宗教哲学、倫理学を研究してきました。ティリッヒは、哲学と宗教両方の「境界に立って」思索をした人です。私自身も、哲学と宗教の両方を見据えて、ティリッヒが思索したキリスト教思想と、その他さまざまな思想との比較研究を行っています。例えば、「神なくして人は道徳的たりえるか」という問題を、ティリッヒ思想と哲学者カントの道徳論との比較を通して考えたり、「死」について、キリスト教と現代思想との差異を比較したり、「時間」をめぐる京都学派の哲学とキリスト教思想との比較を行うなどの研究をしてきました。

着任以後の新たな研究テーマ

 長野高専に赴任してからは、技術者倫理の授業を行いつつ、倫理学の応用研究にも力を入れるようになりました。現代のテクノロジーが持つグローバルな影響力を思えば、その専門家である技術者には、社会の多様な人々、遠く離れた場所に住む人々、動物や自然環境、まだ生まれていない将来世代の人々などに対する倫理的配慮が必要です。すなわち、時間的・空間的制約を超えた想像力をもって、人間の未来を予見する責任があります。私の研究も、不遇な立場にある人々や、多様な人々を包摂するためには、どのような倫理学理論が有効なのかを探求することへと展開してきました。
 従来、哲学や倫理学は、理性的思考力のある、健康な成人(特に男性)を「人格的存在」として想定し、そのうえで他者との関係性のあるべき姿を考えてきました。しかし実際には、この世界には健康な成人男性だけが住んでいるのではなく多様性に満ちています。近年の哲学や倫理学では、「世界」や「人格」の範囲も拡大しつつあり、最新の倫理学では「宇宙倫理」や「ロボット倫理」についても考察されています。

異なる視点を探して―宗教哲学の面白さ

 私の専門の一つである宗教哲学は、哲学的な方法を用いて、宗教の本質や意義について考察する学問です。神とは何か、人間とは何か、信じるとはどういうことか、といった問いを考察しますが、宗教を信仰の対象としてではなく客観的に捉えます。この宗教哲学の特に面白いところは、人間の起源や行方(私たちはどこから来てどこへ行くのか)や、私たちが存在しない世界(例えば、死そのものや死後)についても思考することができる点です。新約聖書「ヨハネによる福音書」には、「あなたたちは下のものに属しているが、わたしは上のものに属している。」(8章23節)、あるいは「わたしの国は、この世には属していない」(18章36節)というイエスの言葉が記されています。これらの言葉は、世界について独自の見方を示すとともに、宗教哲学における真理探究の態度についても語っています。キリスト教や仏教などの宗教思想は、「この世にありつつもこの世に属していない」という立場から、物事を捉えようとしているからです。ここで「上のもの」とは、キリスト教では「(イエスの父である)神」を指しますが、哲学ではこのようなものを「神的なもの」や「絶対他者」といった概念で説明します。現実の世界を半分超えたところから眺める宗教哲学の姿勢には、時代状況や社会体制に対して、異なる視点から(哲学の言葉ではこれを「超越」という)、真実を見いだす可能性があるのではないか、と私は考えています。

哲学する動物たち?

 私自身はここ数年、動物への倫理的配慮について考える「動物倫理」に関心を持っており、「共感(compassion、あわれみ)」という、人間が洋の東西を問わずに抱く認識をもとに、新たな動物倫理が展開できないか探求しています。研究員を務めている京都大学大学院文学研究科応用哲学・倫理学教育研究センター(CAPE)では、動物に関わる実務家(獣医師、心理学者、法学者)といっしょに研究会を行い、新しい動物倫理構築の可能性を模索しています。
 「異なる視点から世界を眺める」ことは、動物倫理の研究でも重要です。動物は人間と同じく、苦痛や幸福をおぼえる存在であると同時に、私たち人間とは異なる世界を持っており、人が見えないものや聴こえないものについて知っています。これは単に、動物と人間の身体能力の差のことを言っているのではありません。現代の哲学者や倫理学者のなかには、「生きるとは何か?」という根源的問いもまた、人間の理性を通じてだけでなく、動物を通しても知ることができるかもしれないと考える人もいます。ロゴスを用いる人間について考えるだけでは見えにくい真実が、動物をとおして考えることで、新たに見えてくるかもしれません。そして、異なる視点を持つ動物たちの声に聴きつつ、世界のあるべき姿を模索することや、環境を変える力を持つ人間が、同じ世界に生きるものへの責任を果たすことも、動物倫理の観点から考える人間の倫理的課題ともいえます。

思想や技術は、人間を(完全ではないが)自由にする

 私たち人間は、理性を用いて思想や技術を発展させ、世界を変えてきました。何かを考える際、私たちは目には見えない「概念(イデア)」を用いています。例えば、「自由」という概念は、目には見えないけれどとても大切なものです。人間の歴史は、「自由」の実現の歴史でもありました。「自由」は、政治的な権利や民主主義の確立といった目に見える形でも実現しています。また、自らの理性を用いて根源的に考える営みである思想は、人々を迷信や慣習、思い込みや先入観から「自由」にしてきました。
 自然科学の原理を応用した技術もまた、人間を非科学的な迷信から自由にし、自然環境の束縛から人々を自由にしてきました。しかし私たちは、技術がもたらしてきた負の側面にも目を向ける必要があります。そのためには目の前の物事を多面的にとらえる思考力や、他者の立場にたつ想像力を持つことが重要となってきます。
 ドイツ連邦共和国の首相を長く勤めているアンゲラ・メルケル(物理学の博士号を持つ科学者でもあります)は、2012年のスピーチで次のように語っています。「人類はあまりに高度な技術力を獲得してしまったので、それと並行して、自分の周辺や人生を超えて問題を見渡すことのできる抽象化の能力を身につけなければいけません。」技術という具体的なものを用いつつ、「自由」や「平等」、「正義」といった抽象的な概念(イデア)を理解できる力をいかに身につけるか。それは技術者を養成する工業高等専門学校で倫理学教育を行う目的でもあります。
 ただし、人間の理性は万能ではなく、全知全能でもありません。確かに人間は、理性に基づき自律的に考えることによって、本性的な欲求からの自由や因習からの自由を獲得してきました。しかし理性は人を完全に自由にするわけではありません。人間の理性は誤りやすく弱いものだからです。このような、人間の弱さや理性の限界といった事柄は、現代の哲学や倫理学における研究課題としても注目されており、私自身の研究課題でもあります。


長野高専「倫理学」の授業で使用している教科書。鬼頭葉子著『技術の倫理 技術を通して社会がみえる』(ナカニシヤ出版、2018年)。

グローバルな技術者を目指すこと

 学生の皆さんのなかには、「グローバルな技術者になる」ことを目指している人もいるかもしれません。私は皆さんに、グローバルな考え方を身につけるためにも、海外で暮らしたり学んだりする経験をお勧めします。それは皆さんが、ますますグローバル化が進展する社会の中で、勉強や研究、技術開発やビジネスを行っていくための大きな力になることでしょう。「グローバルな人」になるために一番重要なことは、実は語学力ではなく、自分のローカルな社会やルールを超えた視点を持つことではないでしょうか。海外で学んだり働いたりすることの意義は、自分が暮らす日常とは異なる考え方や文化を知り、自らの考えが新たに変わっていく経験をすることにあると思います。
 思想の研究は、西洋由来である哲学や倫理学で用いられる言葉の背景を知ることによって、日常の慣用的な言い回しにとどまらない、新たな概念の広がりを獲得することが目的にあります。例えば「自由」という言葉も、言語や文化背景が異なれば、その意味する内容も異なります。現代の技術者に求められる「グローバル性」も、異なる世界に暮らす人々と、お互いの違いを理解し、差異を受け容れる寛容さを持ちつつ、共通の目標(技術開発や公衆の福利、学問的真理など)を目指して協働できる力だと思います。技術者をめざす皆さんは、「グローバル性」の根底にある「自由」や「寛容」といった概念を理解し、物事を「抽象化する能力」を養うために、哲学、倫理学といった思想を積極的に学んでほしいと思います。


2018年、在外研究を行ったイェール大学では、米国の人々のオープンマインドやインクルーシブネス(多様なものを包括すること)に助けられました(写真は大学図書館 [Sterling Memorial Library])。

PLOFILE

一般科(倫理)准教授 鬼頭葉子 2000年、東京大学文学部思想文化学科哲学専修卒業。2007年、京都大学大学院文学研究科思想文化学専攻博士後期過程研究指導認定。日本学術振興会特別研究員を経て、2010年に京都大学博士(文学)を取得。その後、複数の大学で非常勤講師をつとめ、2014年に長野高専一般科に准教授として着任。同年より京都大学応用哲学・倫理学教育研究センター研究員を兼務。2018年4月よりイェール大学客員研究員。専門はキリスト教思想を中心とした宗教哲学、倫理学、応用倫理学。日本哲学会、日本倫理学会、日本法哲学会、日本基督教学会、宗教倫理学会などに所属し、研究活動を続けている。

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